読むだけ日本史

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第二回 弥生時代〜稲作の開始とそれに伴う道具の変化〜

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「読むだけ日本史」の第二回目を始めていきます!

1万年近く続いた縄文時代に終わりが来ると弥生時代が到来します。弥生時代の大きな特徴と言えば「稲作の開始」。

つまり、「食料を採取する時代」から「食料を生産する時代」へと変化した時代でした。

また、この時代は縄文時代と同様に土器の特徴によって区別され前期、中期、後期に分けられることも覚えておきましょう。

弥生時代のポイント
  1. 本格的な稲作の開始
  2. 金属器の伝来
  3. 争いの勃発
  4. 中国との関係の始まり

この回では、「本格的な稲作の開始」について説明します。

 

本格的な稲作の開始

弥生時代になると、本格的に稲作が開始されます。(食料生産の時代)

実は縄文時代の後期には稲作が始まっていたのですが、稲作に本腰を入れ始めたのは弥生時代からなんです。

現代の稲作を想像すると分かると思いますが、田んぼには大量の水が必要です。

人工的にを田んぼに水を引いてくる仕組みを、灌漑施設(かんがいしせつ)と言うのですが、弥生時代前期には、この施設を作る技術がありませんでした。

そこで、弥生人は考えて湿地に種を蒔くことにしました。

湿地と言うのは、土に水分が含まれている水はけの悪い土地です。この湿地で作った田んぼを湿田(しつでん)」と言います。

 湿田に種を蒔けば、わざわざ水を引いてこなくても稲が育ってくれます。しかし、ただ1つ問題があります。

 そもそも湿地は、日が当たらず水はけの悪い場所なので稲が育ちません。ですから、弥生時代の中期・後期になると川の近くに灌漑施設を作り日当たりの良い乾いた田んぼで稲作を開始するようになります。

 この乾いた田んぼのことを「乾田(かんでん)」と言うので、覚えておきましょう。

稲作のポイント

弥生時代(前期)   :湿田

弥生時代(中期・後期):乾田 

稲作用の道具の発明

文化が増えると道具が増えます。ここでは、稲作用に開発された道具について見ていきます。

まずは、稲作の流れを見ていきましょう。稲作の流れは現代と変わらないのでイメージしやすいですね。

  1. 耕す
  2. 種を蒔く(田植え)
  3. 収穫
  4. 脱穀

難しく考える必要はありませんよ。

細かくみていきましょう。

 

畑を耕す

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種を蒔く前に、まずは田んぼを耕す必要があります。

土が固い状態では、植物は根を張れませんからね。

さて、この田を耕す時に使った道具を、「鍬(くわ)」「鋤(すき)」と言います。

道具は、年数を重ねる毎に日々進化していきます。弥生時代は、金属器が伝来したこともあり、前期では「木製農具」を使用していたのに対し、後期では「鉄製農具」に変化するので覚えておきましょう。

田を耕す道具

弥生時代(前期):木鍬(きぐわ)・木鋤(きすき)

弥生時代(後期):鉄鍬(てつくわ)・鉄鋤(てつすき)

 木から鉄に変わっただけなので、簡単ですね。 

 

種を蒔く(田植え)

田んぼを耕したら次は、種まきです。
これも、弥生時代の「前期」と「中期・後期」では方法が違います。

 

前期では、湿田に直接種をまく「直播き(じかまき)」が行われていましたが、中期・後期では「田植え」が行われていました。

このような違いが生まれた背景には、稲の生産性が絡んできます。

直播きの場合、稲と一緒に雑草が成長し本来は稲に当たるはずだった陽の光が雑草に取られ稲の成長が妨げられてしまいます。

田植えの場合だと、稲がある程度成長してから植えるので、雑草より稲の方が背が高く陽の光を独り占めできるのです。

この時代、食べ物が作れなくては死んでしまいますので、より生産性の高い田植えをする必要があったのです。

稲の育て方の変化

弥生時代(前期)   :直接、種を蒔く「直播き(じかまき)」

弥生時代(中期・後期):稲を田んぼに植える「田植え」

 

収穫

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稲が育ったら、いよいよ収穫です。

まずは道具と収穫方法を確認をしてみましょう。

弥生時代前期は石でできた「石包丁」を使い「穂首刈り(ほくびがり)」で収穫を行ないました。穂首刈りとは、稲の「穂」の部分のみを収穫する方法です。

石包丁は、石でできているので稲の根本から刈り取るのは難しかったんですね。

一方、弥生時代の後期には「鉄鎌」を使用しているので、現代と同じように根本からザクっと収穫することが可能になりました。

根本から刈り取ったほうが、米を落とさずにしっかりと収穫できるのでこの方法に変わったのだと思います。

 

収穫方法の変化

弥生時代前期:石包丁を使い、穂首刈りで収穫。

弥生時代後期:鉄鎌を使い稲刈りで収穫。

 

脱穀

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脱穀という言葉は、ご存知でしょうか?

今はあまり馴染みがありませんが、脱穀とは「稲についた籾殻を外す作業のこと」を言います。

お米を食べる前には脱穀しないと食べれませんよね。

そこで、脱穀用の道具「竪杵(たてぎね)」「木臼(きうす)」が誕生しました。この道具に関しては、鉄製農具にはならないので注意してください。

脱穀用の道具

脱穀用に「竪杵」「木臼」が開発されたが、鉄製道具に変化することはなかった。

 

稲作をサポートする道具の開発

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次は、稲作をスムーズに進めるための道具を見てみましょう。

稲作をスムーズに進めるための道具

田下駄(だげた):田んぼに足がめり込まない用にするための道具

大足(おおあし):肥料を土に踏み込むための道具

田舟(たぶね) :稲を乗せて運ぶための道具

高床倉庫(たかゆかそうこ):稲を保管するための倉庫

高床倉庫は、刈り取った稲を保管しておく倉庫ですね。ちなみにどうして高床にしているかと言うと、地面に近いと湿気で稲がカビてしまったり、ねずみが侵入してしまったりするからですね。

柱の所にねずみ返しがついていたことも、思い出しておきましょう。

 

弥生時代道具まとめ

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まとめ

いかがでしたでしょうか?

まずは、稲作の開始からそれに伴う道具の変化までをみてきました。

何かが始まると、何かが増える。歴史はこのようにして変化してきました。

新しい文化が始まったら、その文化には何が必要かを考えてみると勉強が捗るのではないでしょうか。